北部仏印進駐 南部仏印進駐 1940年

2023年5月2日

仏印とはフランス領インドシナ、現在のベトナムのこと。

サイゴン市内の日本軍 Wikipediaより

北部仏印進駐

日中戦争で激しく戦う中国に、アメリカ、イギリスなどが大量の物資を送り、支援をしていた。4つあった物資の輸送ルートの中で最大のものが、フランスが植民地としていたベトナム、ラオスの北部を通るルートだった。

1940(昭和15)年9月23日、日本軍は、膠着していた中国との戦局を打開するために、このルートを遮断するべく武力侵攻に出た。

仏印進駐はアメリカを主要な敵とすることになるため、陸軍の一部や海軍には否定的な意見も多かったが、1940年5月、ドイツがフランスを占領したことが転機となり、進駐に踏み切った。

この作戦は成功したものの、アメリカ・イギリスの反発を招き、同時期に日本が日独伊三国同盟を締結したこともあって、アメリカは航空機用ガソリンや屑鉄の対日輸出を禁止し、日本への経済制裁を本格化させた。

南部仏印進駐

日本はドイツに敗れたフランス政府に対して、「インドシナ共同防衛」を名目とする軍隊派遣を認めさせ、1941(昭和16)年7月28日、フランス領インドシナ南部(ベトナム南部のサイゴン=現在のホーチミン市を含むメコンデルタ地帯)に進駐した。その後さらにカンボジア・ラオス全域に展開した

。日本のねらいは、この地域の豊富な資源(石油・天然ゴム・鉄鉱石・ボーキサイト等)の獲得にあった。

アメリカはイギリス・オランダとともに、在外日本資産の凍結でこれに応酬し、さらに石油などの輸出を禁止した。

ベトナムは、それまでのフランス植民地支配から解放された形になったことで、一部では日本軍に協力する動きもあったが、多くはフランスに代わる新たな軍事支配者としての日本に対する反発を強め、抵抗運動が起こった。

ホーチミンらの指導するベトナム独立同盟(ベトミン)が結成されている。

昭和前半

Posted by kojiro