上海事変 1932年

2023年5月2日

1932(昭和7)年1月18日、上海における日本人僧侶襲撃殺傷事件を機に、日本軍と中国軍とが衝突し戦闘に発展した事件。

装甲自動車隊 Wikipediaより

満州事変以来、日本の強引な政策は中国国内の抗日運動を激化させ、国際世論での批判も高まっていた。

苦慮した日本は世界の目を満州から逸らせようと画策する。

英米など列強の租界地があり、各国の利害が多く存在する上海において、買収し半日分子を装わせた中国人に日蓮宗の托鉢僧を襲撃させたのである。

これを契機に、中国軍と日本軍との間に戦闘が勃発し、さらに拡大していくことになる。

世界の目は一気に上海に向いていった。この時、満州の関東軍はこれを好機と捉え、北部のハルビンを攻略するべく攻撃を開始している。

日本軍は上海占領を計画したが、中国民衆の抵抗と国際連盟への提訴、米・英の抗議等で失敗に終わり、5月停戦協定が成立し日本軍は撤収した。

しかし、陸軍中央の参謀本部などは、上海からの撤兵に不満を募らせていた。密かに不穏な動きが始まり、その後国内では暗殺事件が次々と起こることになる。

昭和前半

Posted by kojiro