アッツ島の戦い 見捨てられた兵隊 1943年

2023年5月2日

1942(昭和17)年6月8日、日本軍はアメリカ領のアリューシャン列島アッツ島、キスカ島に上陸、占領する。

アッツ島 Wikipediaより

ミッドウェー作戦の陽動と日本本土空襲を阻止すること、さらにはアメリカとソ連を遮断するなどの目的があった。

しかしミッドウェー海戦後、日米の主戦場はガダルカナル島をはじめとする南方にあり、日本軍の主力もその方面に向けられたため、北の2島の守備隊は取り残される形となった。

1943(昭和18)年5月12日、アメリカ軍は、日本守備隊の4倍以上約1万1000の部隊でアッツ島に上陸した。

圧倒的な兵力差を前に、これ以上辺境の地に兵力を割くことができない大本営は、北方軍司令官にアッツ島の放棄とキスカ島からの撤退を命じた。

アッツ島守備隊は19日間に及ぶ戦闘の末、5月29日に玉砕した。

太平洋戦争において、初めて日本国民に日本軍の敗北が発表された戦いであり、また唯一、北アメリカで行われた地上戦である。ちなみにキスカ島からの撤退は、奇跡的に成功する。

 

【補説】

大本営からの命令を受けたときの北方軍司令官、樋口季一郎陸軍中将と、アッツ島の守備隊長、山崎保代大佐の間で交わされた電文。

樋口中将「敵を討ち、最期の時に至れば潔く玉砕せよ」

山崎大佐「国軍の苦しき立場は了承した。我が軍は最後まで善戦奮闘し、武士道に殉じる」

樋口中将は、大本営の命令が下される前に、約5,000の増援部隊を逆上陸させることにし、山崎を激励する電文を送っていたが、大本営の方針にはかなわなかった。

昭和前半

Posted by kojiro