台湾出兵(征台の役) 西郷従道 1874年
台湾に漂着した琉球島民が台湾の原住民に殺害された事件(1871年)に対し、政府は清国に抗議したがいれられず、1874(明治7)年、清国の責任を追及するために台湾に出兵した事件。
当時琉球は日本と清国の両方に朝貢しており、両国間でその帰属を巡って対立していた。
琉球を日本の領土と主張する日本政府は、琉球島民が殺害されたことを清国に抗議したが、清国は台湾原住民を「化外の民(教化の外にある人びと)」であり、清国の統治の外にあるとして責任を回避した。
これに対し日本政府は、清国の統治の外にある台湾原住民を自ら討伐するとして、1874(明治7)年5月、陸軍中将西郷従道(西郷隆盛の弟)の指揮の下、3600の兵を台湾に派遣した。
清国はこれに抗議したが、イギリスの調停により和議が成立し、日本は償金50万両を獲得して撤兵した。
この台湾出兵は、清国に琉球が日本領であることを認めさせて琉球の帰属問題が解決し、次の琉球処分(沖縄県設置)を可能にした。
さらに10年後の日清戦争での台湾への出兵、領有に向けての第一歩となった。
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