異国船打払令(無二念打払令)外国船の撃退 1825年
1825(文政8)年2月、江戸幕府が日本の沿岸に近づく外国船(清・オランダ以外)に対し、砲撃を加えて撃退することを命じた法令。無二念打払令とも呼ばれる。
1808(文化5)年にイギリスの軍艦フェートン号が長崎に入港して騒動を起こしているが、19世紀初頭のこの頃、日本の近海に頻繁に出没していたのは、北太平洋で操業するイギリスとアメリカの捕鯨船だった。
1824年には常陸、薩摩でイギリス捕鯨船の船員が上陸するという事態も起こった。鎖国体制をあくまでも堅持しようとする幕府は、「有無に及ばず、一図に打払」という、外国船の撃退を命じる強硬策を採った。
渡来する外国船が漁船であれば、打払いにさほどの軍事力は必要ではなく、また打払いを行っても、直ちに本格的な報復や戦闘になる可能性は低いと判断されたのである。