生麦事件 薩摩藩士、イギリス人を殺傷 1862年

2023年4月30日

1862(文久2)年9月14日、神奈川近郊の生麦村(現、横浜市鶴見区)で薩摩藩士がイギリス人を殺傷した事件。1名を斬殺、2名を負傷させた。

生麦事件 Wikipediaより

欧米列強からの圧力に屈し、幕府は鎖国を捨て日本を開国したが、倒幕を目指す有力藩が天皇を戴き(尊王)、外国人排斥(攘夷)へと動乱が続いていた最中に、この事件は起こった。

公武合体を推し進めるために江戸に来ていた薩摩藩国父島津久光は、京都へ帰る途中にあった。行列が神奈川の生麦に差し掛かったところ、4人の騎馬のイギリス人が行列の前に現れた。

当時は、大名行列の前を横切ったり、列を乱したりするような行為は無礼とされ、場合によってはその場での「無礼討ち」も認められていた。この事件は、言葉の問題もあり、薩摩藩士による再三の要請や警告をイギリス人が無視する結果になったために起こったものだった。

イギリスは幕府と薩摩藩に犯人の処罰と賠償金の支払いを要求し、幕府はこれに応じたが、当時攘夷運動を主導する立場を自任する薩摩藩はこれを拒否したため、翌年7月薩英戦争の開戦となった。

江戸

Posted by kojiro