オランダ、平戸に商館開設 1609年

2023年4月30日

徳川家康は、1600(慶長5)年に豊後国臼杵(大分県臼杵市)に漂着したオランダ船リーフデ号に興味を示し、その乗組員のヤン・ヨーステンらに朱印状を与えた。その特に基づいたオランダ船が1609(慶長14)年、平戸に入港、商館を開設し日蘭貿易が本格的に始まった。

オランダ商館内の様子 Wikipediaより

家康がオランダ人を重用したのには、オランダ交易による利権を独占する狙いがあったからと考えられる。当時、先行して日本に入国しキリスト教の布教と交易をセットに活動していたのがポルトガルとスペインだった。

彼らは特に西国大名らと結びつき、双方ともに大きな利益を得ており、さらにはキリスト教信者を増やし、日本社会に一定の影響力を持つようになっていた。家康はこれに対抗する勢力としてオランダを位置付けた。

オランダの目的は貿易だけで、キリスト教布教には一切関わらない方針だった。

この時期家康は、ポルトガルやスペイン及び彼らの布教によって信徒になったキリシタン勢力が徳川の統治に対する脅威となることを警戒し、キリスト教禁教に着手し始めていた。

こういった時期にオランダ人が日本に漂着したことは偶然とはいえ、まさに時宜を得ていたといえる。それに続く幕府との信頼関係の構築は、ある意味で必然と言えるのかも知れない。

こうして、日本とオランダの関係が始まることとなった。

江戸

Posted by kojiro