ヴェルサイユ条約(第一次世界大戦の講和条約)1919年
1919年6月、パリ講和会議で、連合国とドイツとの間で締結された第一次世界大戦の講和条約。
この条約によって、ドイツは海外の植民地と権益を失い、アルザス・ロレーヌのフランスへの返還、ポーランドやその他ヨーロッパ諸国への領土の割譲を強いられた。また、戦争責任を根拠に多額の賠償金を課せられ、軍備も厳しく制限された。
会議ではヨーロッパにおける戦後問題の処理にあたり、その前年1918年1月にアメリカ大統領ウィルソンが提唱した国際協調、民族自決などの「14か条の原則」を指導原理としたが、各国の利害が対立するなか、フランスの強硬論が優勢となり、条約の内容は敗戦国ドイツに対する報復的な厳しい内容となった。
そのため、この条約を基礎とする戦後世界のヴェルサイユ体制にも、重要な問題を残すことになった。なおこの条約の第1章で、国際連盟の設立をうたった。