第一次世界大戦に参戦 青島・ドイツ領南洋諸島の一部占領 1914年
20世紀初頭のヨーロッパでは、ロシア・フランス・イギリスの三国協商側(連合国)とドイツ・オーストリア・イタリアの三国同盟側(同盟国)との対立が鮮明になった。
1914年6月、サラエボでセルビア人によるオーストリア皇太子夫妻暗殺事件が起こると、同年7月、まずオーストリアがセルビアに宣戦し、8月にはロシア・フランス・イギリスがセルビア側に、ドイツがオーストリア側に立って参戦し、第一次世界大戦が始まった。
日本は第2次大隈内閣(外相加藤高明)が、この機を捉えて東アジアにおける勢力の拡大と安定化を図るため、日英同盟を根拠として1914(大正3)年8月、ドイツに宣戦した。
そして山東半島のドイツの軍事基地青島(チンタオ)やドイツ領南洋諸島の一部を占領した。
日本は、この第1次世界大戦の勃発によりヨーロッパ勢力がアジアから退潮したのに乗じ、中国大陸への進出を図った。