甲午農民戦争(東学党の乱)朝鮮の農民蜂起 1894~95年
李朝末期の1894年(甲午の年)1月11日から翌95年3月29日にかけて、東学党を中心として起こった朝鮮の歴史上もっとも大規模な農民蜂起のこと。
東学党とは、西学(カトリック)に対抗して東洋の儒・仏・道教を根幹とする民衆宗教団体。
甲申事変後、政権を掌握した閔妃政権では民衆に重税が課され、官僚たちの間では賄賂が蔓延し、不正に富を奪われる事態が頻発していた。
農民たちは指導者に当時急速に教勢を拡大していた東学党の幹部らを担ぎ、腐敗した官吏の罷免や租税の減免などを要求した。
各地で蜂起した農民軍は次第に組織化されていき、政府軍を撃破していった。
閔妃政権は、その鎮圧のため清国に出兵を要請する一方、農民軍の弊政改革案を受け入れた。