応永の乱 大内義弘の幕府に対する反乱 1399年
1399年に、守護大名の大内義弘が室町幕府に対して起こした反乱。 室町幕府は有力守護大名の連合で支えられており、将軍の権力はさほど強いものではなかった。 そのた ...
南北朝の合一 足利義満 約60年に渡る皇統分立の時代が終わる 1392年
多くの守護大名を、その強権をもって廃してきた足利義満が1392年、南朝の後亀山天皇を京都に迎え、北朝の後小松天皇へ三種の神器が譲られたことによって南北朝の合一が ...
明徳の乱 山名氏清の反乱 幕府権威の確立 1391年
1391年、山名氏清・満幸らが幕府に対して起こした反乱。乱の鎮圧後、幕府の権威が強固となった。 山名氏は新田氏一族で、南朝討伐の軍功により勢力を拡大した。138 ...
土岐康行の乱 足利義満による大守護抑圧策の最初の事件 1390年
1390年、将軍足利義満によって土岐康行が滅ぼされた事件。 後に明徳の乱(1391)、応永の乱(1399)と続く、将軍専制権力の確立を目ざした足利義満による大守 ...
観応の擾乱 経過 第3幕 足利直義の死亡で擾乱終息
一旦は平穏が戻ったものの幕府内部では直義派と反直義派との対立構造は存在したままで、両派の衝突が避けられない状況になっていった。 そんな中、近江の佐々木道誉や播磨 ...
観応の擾乱 経過 第2幕
1349年12月、上杉重能と畠山直宗が配流先で高師直の配下に暗殺される事件が起こり、足利直義派と師直派の緊張が再び高まった。 事件を知った長門探題である直義の養 ...
観応の擾乱 経過 第1幕 足利直義と高師直の対立
室町幕府の初期、足利尊氏の弟・直義と足利家の家老的役割を担った高師直の対立が次第に表面化していった。 室町幕府草創期は、足利家の家宰的役割を担った執事の高師直が ...
観応の擾乱 総論 幕府の内紛 1350年ー1352年
1350年から1352年にかけて、室町幕府の内紛によって行われた戦乱。 室町幕府草創期は「軍事の長」の足利尊氏と、弟で「政事の長」の足利直義による二頭政治が行わ ...
足利尊氏、征夷大将軍となる 1338年
1338年、足利尊氏は光明天皇から征夷大将軍に任じられ、室町幕府が名実ともに成立した。 翌年、後醍醐天皇が吉野で崩御すると、尊氏は後醍醐天皇の菩提を弔うため、当 ...
後醍醐天皇、吉野に移る 1336年
1336年11月、持明院統の光明天皇(北朝)へ神器を譲った大覚寺統の後醍醐天皇は、12月に京を脱出して吉野へ逃れた。 後醍醐天皇は、光明天皇に譲った三種の神器は ...
