神護寺雑感

2023年5月1日

神護寺を最初に訪ねたのは何年前のことだったろうか。季節はまだ肌寒さが残る3月頃だったように思う。山の冷たい空気を覚えている。

周山街道の「山城高尾」バス停から坂を下り、しばらく歩き結界のように横たわる清滝川を渡ると、これから続く長い石段を見上げる。ひとつ深い息を吸って、上り始めた。最初の曲がり角で、早くもひと息入れる。それはこれから続く急峻で長い石段のほんの序の口だった。

山深い寺を訪れるたびに、昔の人はこんな場所にどうやって建築資材を運んだのか、などと考えてしまう。途中にある茶屋を過ぎると、右側の視界が開けた。大きな石が目に入る。空海が墨をすった硯石だという。ここで景色を眺めながら少し長い休憩を入れる。汗ばんだ体に冷たい風が心地よい。

乱れ積みの石段は続き、勾配もさらにきつくなったように思われる。寺好きはいいが、脚を鍛えておくことが肝要だとつくづく思い知らされる。

さて、最後の急こう配の石段から山門を見上げる。高さが強調され圧倒的な存在感で迫ってくる。素木の古びた趣に荘厳さが際立つ。

山門は1600年代前半に再建されたものだという。それまでの門は応仁の乱で焼失したらしい。こんなところにまで戦火が及んでいたのかと乱のすさまじさが想像される。

豪壮な山門をくぐると、目の前に広大な境内が広がる。まさに天上の庭。広々としてすがすがしい。

人影もまばらな境内を奥まで進み、右手の石段を上る。ようやく金堂に着いた。中には、本尊薬師如来立像、左右に日光・月光、十二神将、さらに四天王立像が安置されている。

薬師如来に目を見張った。全身が量感的で分厚い。衣文に隠された両腿の太さがうかがわれ、なんともたくましい。それまで観てきた仏像とは全く違う厳格で畏怖に満ちた雰囲気には威圧感さえある。顔も怖いが、しかし願いを何でも聞いてくれそうな大きさを感じる。手を合わせていると、何だか目頭が熱くなった。

ちなみに薬師如来像は全身から台座までヒノキの一材から彫り出している完全な一木造りで、内刳りを施していないという。伝わってくる重量感は、そのせいかも知れない。

 

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九谷焼|川田稔 豆香炉 桜図 |BECOS (thebecos.com)

 

 

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Posted by kojiro