紫衣事件 後水尾天皇 1629年

2023年4月30日

1629(寛永6)年、後水尾天皇が大徳寺や妙心寺などの僧侶に出した紫衣勅許を幕府が無効とした事件。

後水尾天皇 Wikipediaより

紫衣とは紫色の僧衣のこと。唐で天子下賜のものとして重視された。

日本では遣唐使で入唐した僧玄昉が玄宗皇帝より紫袈裟を賜ったが、帰国後に聖武天皇よりやはり紫の袈裟を賜わったのが最初であるとされる。

このように、紫衣は古くから徳の高い僧が天皇の勅許により賜ったものだった。時代が下った徳川治世のこの時期、財政に困窮する朝廷は、紫衣の勅許を出す見返りに寺院から寄付を受けており、それが朝廷の収入源となっていた。

幕府は寺院管理と朝廷抑圧を強めるなかで「禁中並公家諸法度」等を定めて、朝廷が紫衣をむやみに授けることを戒めているが、後水尾天皇は、従来の慣例どおり、幕府に諮らず僧侶に紫衣着用の勅許を与えていた。

朝廷に対する権力の優越性を示すべく幕府は、これを法度違反とし紫衣着用の勅許を無効として着用を禁じた。大徳寺の沢庵らはこれに抗議したため、配流の刑に処され、後水尾天皇は幕府の同意を得ず譲位することで抗議の意を示した。

譲位をすることで、自らに対する幕府の干渉を逸らす狙いがあった。

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江戸

Posted by kojiro